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核兵器禁止条約(かくへいききんしじょうやく、英語: Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons、TPNW)は核兵器を禁止する国際条約である[3][2]。略称・通称は核禁止条約、核禁条約、核廃絶条約(英語: Nuclear Weapons Ban Treaty[4][5][6]、Nuclear Ban Treaty[7][8][9])など。
2017年7月7日に国際連合総会で採択され[10][11]、2021年1月22日に発効した[12][13][14]。
この条約は、将来的な核兵器の全廃へ向けた、核兵器を包括的に法的禁止とする初めての国際条約である。対象は核兵器で、原子力発電やX線撮影装置などの平和目的での原子力の保有は禁じていない。前文において被爆者の苦痛に対する憂慮と共に、国際人道法と国際人権法の原則が、核兵器廃絶に関して再確認された。この条約の特徴は、核兵器または核爆発装置を所有、保有、管理していた締約国が申告を要する点にある。なお非締結国への法的拘束力は無い。
当条約は1996年4月に起草され、2017年7月に国連総会で賛成多数にて採択され、2020年10月に発効に必要な50か国の批准に達したため、2021年1月22日に発効した。
なお当条約の国連総会への採択を含め、条約の推進には2007年に核戦争防止国際医師会議から独立して結成された核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の貢献が大きいとされ、同団体は2017年10月6日にノーベル平和賞を受賞した。
1996年4月、「モデル核兵器禁止条約」(Model Nuclear Weapons Covention, Model NWC, mNWC)という名の条約草案が、核兵器の廃絶を求める各国の法律家、科学者、軍縮の専門家、医師及び活動家らが参加する以下の3つの国際NGOから構成されるコンソーシアムによって起草された。目的は、核軍縮の可能性を「法的、技術的、政治的要件に沿って検証する」ことであった。
- International Network of Engineers and Scientists Against Proliferation、INESAP(拡散に反対する国際科学技術者ネットワーク)
- International Association of Lawyers Against Nuclear Arms、IALANA(国際反核法律家協会)
- International Physicians for the Prevention of Nuclear War、IPPNW(核戦争防止国際医師会議)
1997年11月、mNWC(UN Doc. A/C.1/52/7)がコスタリカ政府により国際連合事務総長に届けられ、国際連合の加盟国に配布された。
2007年4月、mNWCはNGOコンソーシアムを招集した核政策に関する法律家委員会(Lawyers' Committee on Nuclear Policy, LCNP)を通じ、コスタリカ及びマレーシア両政府の共同提案として、国際連合の核拡散防止条約(NPT)運用検討会議の第1回準備委員会(Preparatory Committee for the 2010 Review Conference of the Parties to the Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)に改訂版の「NWC」(UN Doc. A/62/650)として提出された。NWCは、以下の項目について核の取扱いを禁止している。
- 開発(development)
- 実験(testing)
- 製造(production)
- 備蓄(stockpiling)
- 移譲(transfer)
- 使用(use)
- 威嚇としての使用(threat of use)
2011年10月26日 - 31日、国連総会で軍縮・国際安全保障問題を扱う第一委員会が52の決議を採択した。このうちマレーシアなどが提出した核兵器禁止条約の交渉開始を求めた決議[15]が127か国(昨年より6か国多い)の賛成で採択された。
2016年10月28日(日本時間)、国連総会第一委員会(軍縮)において、多国間の核武装撤廃交渉を来年から開始する決議案“Taking forward multilateral nuclear disarmament negotiations”(document A/C.1/71/L.41)が、賛成123、反対38、棄権16で可決された。アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、日本は反対票を投じ、北朝鮮は賛成、中国は棄権した[16][17]。
2017年7月7日核兵器禁止条約採択時の各国の態度
賛成 反対 棄権 不参加
2017年7月7日に国連本部で開催中の核兵器禁止条約交渉会議にて賛成122票、反対1票(オランダ)、棄権1票(シンガポール)の賛成多数により採択された[18][19][20]。
2017年9月20日より各国で批准が行われ、2020年10月24日に発効に必要な50か国に達した。
当条約の原文は、国連公用語である英語・フランス語・ロシア語・中国語・スペイン語・アラビア語で、国際連合の公式ウェブサイトに掲載されている[33]。なお日本は不参加のため外務省の公式な翻訳はないが、外務省は英文、暫定的な仮訳、日本国政府の考えを掲載中[3]。
当条約は前文と20の条文から構成される。前文では核兵器の非人道性、全廃の必要性、安全保障上の利益、「核兵器のない世界」の達成、国際人道法、過去決議との関連、法的禁止、平和利用、教育の重要性などを締結国の認識と記載した。
- あらゆる核兵器の使用から生ずる壊滅的で非人道的な結末を深く憂慮
- いかなる場合にも核兵器が再び使用されないことを保証する唯一の方法として,核兵器を完全に廃絶することが必要
- 核軍備の縮小が倫理上必要不可欠であること並びに国家安全保障上及び集団安全保障上の利益の双方に資する
- 最上位の国際的な公益である核兵器のない世界を達成し及び維持
- あらゆる核兵器の使用は,武力紛争の際に適用される国際法の諸規則,特に国際人道法の諸原則及び諸規則に反する
- 1946年1月24日に採択された国際連合総会の最初の決議[34]及び核兵器の廃絶を要請するその後の決議を想起
- 核兵器を法的拘束力で禁止
- この条約のいかなる規定も,無差別に平和的目的のための原子力の研究,生産及び利用を発展させることについての締約国の奪い得ない権利に影響を及ぼすものと解してはならない
- 全ての側面における平和及び軍備の縮小に関する教育並びに現在及び将来の世代に対する核兵器の危険及び結末についての意識を高めることの重要性
- 第1条 禁止 - 締約国による核兵器や核起爆装置の開発・実験・生産・製造・取得・専有・貯蔵の禁止
- 第2条 申告 - 締約国から国連事務総長への過去・現在の状況の申告義務、申告内容の事務総長から全締約国への送付
- 第3条 保障措置 - 国際原子力機関との保障処置協定の締結
- 第4条 核兵器の全面的な廃絶に向けて - 核兵器廃止国の廃止検証など
- 第5条 国内の実施 - 締約国の義務履行処置
- 第6条 被害者に対する援助および環境の修復 - 核兵器被害者への適切な援助、汚染地域の修復
- 第7条 国際的な協力及び援助 - 他の締約国との協力と相互援助
- 第8条 締約国の会合 - 効力発生後1年以内、以後は原則2年ごと
- 第9条 費用 - 締約国およびオブザーバー国の費用分担
- 第10条 改正 - 締約国による改正提案、改正手続き
- 第11条 紛争解決 - 条約の解釈・運用に関する締約国間の紛争の解決手順
- 第12条 普遍性 - 締約国から非締約国への当条約への参加の推奨
- 第13条 署名 - 当条約は2017年9月20日より著名可能
- 第14条 批准、受諾、承認、加盟 - 署名国による批准・受諾・承認の必要性
- 第15条 効力発生 - 50番目の批准後に90日で発効
- 第16条 留保 - 各条項への留保禁止
- 第17条 有効期間と脱退 - 有効期間は無期限、脱退は通告後12ヵ月
- 第18条 別の合意との関係 - 当条約と両立する限り、既存の国際協定に影響しない
- 第19条 寄託者 - 寄託者は国連事務総長
- 第20条 正文 - 6カ国語ひとしく正文
核兵器禁止条約と日本政府の考え
1 概要・経緯
核兵器禁止条約は、核兵器の非人道性に関する議論を主導してきたメキシコ、オーストリアといった国や市民社会の取組を踏まえ、国連の下での2回の交渉会議(2017年3月及び同年6月及び7月)を経て、2017年7月7日に賛成多数で採択されました。
核兵器禁止条約交渉会議の様子 (7月7日、 米国・ニューヨーク 写真提供:毎日新聞社)
同条約は、2017年9月20日に署名のため開放され、今後、50か国の批准後90日で発効することになります。2018年2月28日現在56か国が署名、うち5か国が批准しています。
2017年12月10日には、核兵器禁止条約を推進した国際NGOの核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)にノーベル平和賞が授与されました。河野外務大臣は談話を発出し、これを契機として国際社会の核軍縮・不拡散に向けた認識や機運が高まることは喜ばしく、広島・長崎の被爆者の方々が長年にわたり被爆の実相を世界に伝える活動に取り組まれてきた努力に敬意を表するとともに、核兵器国もしっかり巻き込む形で核軍縮のための現実的かつ実践的な取組を粘り強く進めていく考えを示しました。
2 核兵器禁止条約における禁止の内容
核兵器禁止条約は、第1条において、(a)核兵器その他の核爆発装置(以下「核兵器」という。)の開発、実験、生産、製造、取得、保有又は貯蔵、(b)核兵器又はその管理の直接的・間接的な移転、(c)核兵器又はその管理の直接的・間接的な受領、(d)核兵器の使用又は使用の威嚇、(e)この条約が禁止する活動に対する援助、奨励又は勧誘、(f)この条約が禁止する活動に対する援助の求め又は受入れ、(g)自国の領域又は管轄・管理下にある場所への核兵器の配備、設置又は展開の容認等を禁止することについて規定しています。
3 日本政府の考え
日本は唯一の戦争被爆国であり、政府は、核兵器禁止条約が目指す核兵器廃絶という目標を共有しています。一方、北朝鮮の核・ミサイル開発は、日本及び国際社会の平和と安定に対するこれまでにない、重大かつ差し迫った脅威です。北朝鮮のように核兵器の使用をほのめかす相手に対しては通常兵器だけでは抑止を効かせることは困難であるため、日米同盟の下で核兵器を有する米国の抑止力を維持することが必要です。
核軍縮に取り組む上では、この人道と安全保障の二つの観点を考慮することが重要ですが、核兵器禁止条約では、安全保障の観点が踏まえられていません。核兵器を直ちに違法化する条約に参加すれば、米国による核抑止力の正当性を損ない、国民の生命・財産を危険に晒(さら)すことを容認することになりかねず、日本の安全保障にとっての問題を惹起(じゃっき)します。また、核兵器禁止条約は、現実に核兵器を保有する核兵器国のみならず、日本と同様に核の脅威に晒(さら)されている非核兵器国からも支持を得られておらず、核軍縮に取り組む国際社会に分断をもたらしている点も懸念されます。
日本政府としては、国民の生命と財産を守る責任を有する立場から、現実の安全保障上の脅威に適切に対処しながら、地道に、現実的な核軍縮を前進させる道筋を追求することが必要であり、核兵器保有国や核兵器禁止条約支持国を含む国際社会における橋渡し役を果たし、現実的かつ実践的な取組を粘り強く進めていく考えです。